きのうはたくさん雨が降ったね

「ねえ、かえるさん。」「かえるくん。」と、かえるくんは指を一本立てて訂正した。「ねえ、かえるくん、きのうはたくさん雨が降ったね。いろんなものが流されてしまったね。」

つやつやの馬

あさの電車でおばさんがわたしのスカートの裾に傘を引っかけてしまって今日はあさから雨が降っていた、おばさんは立ちながら居眠りしているのでわたしのスカートの裾に傘がひっかかっているのに無論気づかない、わたしはそのとき、こんな文章を読んでいた、

 

 「わたしは、いろいろな死について考えている。

 遊園地でわたしは、とてもかなしいものを見た。黒いリボンをつけた『大観覧車』

 が自分自身をおりたたんでいるところだった。」

 

おばさんがその身を左右に揺らすたびにわたしのスカートの裾もひらひらひらひらひらひ

 

 「『大観覧車』は血まみれになって自分自身を解体していき、その度に遊園地が振

 動するぐらいの叫び声をあげた。

 すぐ横の『メリー・ゴー・ラウンド』は目をつぶり、耳を両手でおさえてがたがた

 震えていた。」

 

らひらひらひらひらそれはとてもはずかしかった。

 

高橋源一郎『さようなら、ギャングたち』