書くことには勇気がいる、ということについて
手袋を片方だけ無くしてしまった。三年連続五度目。今年も一シーズン使い続けることができなかった。片方がいなくなると、家にいるもい一方も、色あせて見える。仕方ないので今日は上着を着ずに家を出る。買ったばかりのそれを無くすといけないからマフラーだけを首に巻いて。駅前のたい焼き屋からさっきまで部屋で流していた川本真琴が聴こえてきてドキッとした。
「ひとりぼっちで屋上 焼きそばパンを食べたい」
発射の合図に急かされて西武新宿行き各駅停車に飛び乗る。どこかに置いてきてしまった手袋と靴下と、家にある意味をなくした手袋と靴下が今日も追いかけてくる。僕はそれからひっしに逃げる。
・・・
寒い冬が北方から、
「あっ」と叫んで
「母ちゃん、眼に何か刺さった、ぬいて
母さん狐がびっくりして、あわてふためきながら、眼を抑えている子供の手を恐る恐るとりのけて見ましたが、何も刺さってはいませんでした。母さん狐は洞穴の入口から外へ出て始めてわけが
(新美南吉『手袋を買いに』)