南北回帰する
毎日ただほんとうに、なんということもないのですが日にあった、たとへば今日、電車のなかで「つすす」と笑ってしまったのを思っていてつすす、と漏れいづる笑みをかようにわたしは共有できるのですね、電車ではひとりだったのにそこに立っては窓の外を見遣るお兄さんを座席から見上げてわたしは、お兄さんのゆるやかな唇の弓張りを見ていてつすすと笑っても明日たとへば誰にも云いません、そのようなことも共有できるのですね、どこにいてもわたしは今湯舟におります。
「ほら、あの赤煉瓦の寺院の、あの寺院の、
ちょうどまんなかあたりに、
白い線がついているでしょう、あのマークは、
雨期にガンジスが増水したときの新記録なのです」
雨/田村隆一